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石岡のひと

石岡のひとインタビュー:藤田陽子さん

『藤田陽子さんプロフィール』の画像

「ゆるやかなつながり」のなかで、子どもを育てる

『『藤田陽子さんインタビュー(親子活動2)』の画像』の画像石岡市には、自然体験活動を中心とした自主保育を行う、お母さんたちのグループがあります。
「やさと森のようちえん~あおぞら♪」。森のようちえんとは、北欧発祥の自然体験活動を大切にした保育の場で、全国におよそ200、茨城県内には、はっきり分かっているものだけで6つあります。

「あおぞら♪」は、自然豊かな場所で子育てがしたいと願うお母さんたちによって、平成26年から始まりました。「いろんな人と関わりの中で、子どもたちが自分の居場所と思える場所をつくっていきたい」と話すのは、代表を務める藤田陽子さん。

 

 

お散歩していると、通りすがりのおじいちゃんやおばあちゃんに、「おーいっぱいいるなあ!今日は何かあんのけ?」とか「あらー!みんなかわいいねえ」など、よく温かい声掛けをして頂くんです。
こういう「ゆるやかなつながり」を感じながら子育てができるのは、すごく安心感があります。

メンバーは 30人ほどの親子。
毎週火・金曜日は、森でのお散歩を中心とした野外で過ごす親子活動の日。
月に1度の週末活動には、水戸市や笠間市から参加する家族の姿もありました。
平成30年度からは、週2回(水・木)の保育活動も始まります。

移住の理由は「自分たちの手で、暮らしをつくり出したい」という夫婦の夢

『藤田さんインタビュー_取っ手』―陽子さんの自宅は、学生時代、ハンググライダーで飛び立っていた山のふもと。考えると「不思議な縁」と話します。

陽子さん:「私たち夫婦は、『自分の手でつくること』が好きなタイプ。結婚当初から、ジャージー牛や鶏など色んな動物を飼い、たくさんの果樹を植えて、自分たちの土地でとれたもので食事を出すような観光農場をつくりたいという夢を描いていました。もともと田舎暮らしをしたいと思っていましたが、どこで暮らすかまでは決まってなかったので、県内の田舎暮らし専門の不動産会社を回ったり、知り合いのつてをたどったり。そんな時に、乗馬施設をつくるために土地探しをしていた夫の知人から『広すぎる位の牛の牧場跡地を見つけたので、一緒に分割購入しませんか』とお誘いを受けたんです」

平成21年に購入し、建築士のアドバイスを受け、牛舎を住居に改築する作業をスタート。居間に置かれた引き出しの取っ手は、なんと馬のひづめにかぶせる蹄鉄です。これは装蹄師の旦那さんの手づくり。そして、お風呂場の壁には、娘さんたちの記念の手形。稲敷市から通いながら作業を進め、実際に移住したのは、その4年後でした。

『『藤田さんインタビュー_手形』の画像』の画像陽子さん:「実際に移住するまでの4年間は、稲敷市から通いながらの改築作業。この間に、東日本大震災と次女の出産を経験しました。 当時は放射能の不安も大きく、先行きが全く見えない状況。それでも4年間、手塩にかけてきた今の家を手放すことは考えられず、 『自分たちの欲しいものは自分たちの手でつくる』という生き方も諦められきれず、すごく思い悩みました。一方、野山で放牧するような、のびのびとした子育てをしたいと思っているのに、子どもたちはどんどん大きくなっていき…。早くこの土地に馴染ませてあげたい!と考え、長女の小学校の入学1年前に移住を決意。だから、移住した時は、『よっしゃ行くぞ!』という感じじゃなくて、 『えいやっ!』と目をつぶって暗がりに飛び込んできたような感じだったんです」

―「水回りと居場所さえできれていれば何とかなる!」と覚悟を決めて飛び込んだ移住当時は、トイレとお風呂、シンクのある仮居室、物置スペースがあるくらいだったという藤田家。

陽子さん:「薪で炊いていたご飯をガスコンロで炊けるようになったり、洗い物をする時にお湯を使えるようになったり。これまで当たり前に使っていたものを、一つ一つ、自分たちで獲得していったことで、今まで以上に、ありがたみを感じられるようになりました。家の構造も何となく分かるようになり、お金を払ってプロに頼むしかないと思い込んでいることの多さにも気付かされましたね。反面、やっぱりその道のプロの仕事の凄さも体感できるようになって、いろんな仕事に対する敬意も増しました。家の工事の手伝いや幼い娘たちの子守りのために埼玉や東京から父母が来てくれて、一緒に過ごしたことも、振り返るといい思い出です」

「大切にしたい価値観」を共有できる仲間ができた

―通いながら移住の準備をしていた頃は、子どもたちとの時間を十分取れないことへの罪悪感があり、移住後は、自分の家づくりだけに集中する毎日に「自分がやっていることは、これで良いのか」と迷いや悩みもあったと話す陽子さん。

『『藤田陽子さんインタビュー(やっほうまつり・トークイベント)』の画像』の画像陽子さん:「そんなときに、インターネットで八郷地区にある『暮らしの実験室』という農場を見つけたんです。家から車で10分ほどのところにあって、見学できるというので、 思い切って行ってみました。そこで、農場スタッフの姜さんという女性に出会い『八豊祭(やっほうまつり)という体験型のフェスで、『セルフビルド』をテーマに座談会をやるから、ぜひ話に来てほしい』と声をかけてもらったのが、移住後のターニングポイント。 『自分の手で、暮らしをつくりたいという思いを共有できる人たちがいる』ということに救われる思いがしたし、自分のやっていることに価値を見出された感じがして、すごく嬉しかったんです」

―これをきっかけに、地域に知り合いが増えて、仲間がたくさんできました。

陽子さん:「 『おあぞら♪』を始めることになったのも、自然の中で子育てしたいという思いをもつ地元のお母さんとの出会いがあったから。活動が始まると、地元の人が、子どもとお散歩するなら、あそこがいいよとか、 あの人に会ってみるといいよとか、応援してくれるのも本当にありがたかった。古民家ブックカフェえんじゅの木崎早苗さんも、応援してくださる地元の方のお一人。お散歩の休憩や、イベントの時に『えんじゅ』を使っていいよと言ってくださって、子育てと人生の大先輩ですが、それ以来、お友だちのように親しくお付き合いをさせていただいています」

みんなでつくる、子育ての場

『『藤田陽子さんインタビュー(お母さん集合写真)』の画像』の画像―大人が教え与えることよりも、子どもたちが自らの五感で感じることや子ども同士の気持ちのやりとりを大切にしている、あおぞら♪には、もう一つ大切にしていることがあります。

陽子さん:「お母さんが、気持ちを緩められる場でありたいと思っています。今って、人との関わりが少なくなる一方で、情報だけは溢れているから、正解を探して、孤独に子育てをしているお母さんが、たくさんいると思うんです。ある時、子育ての仲間が『正しいお母さんより、楽しいお母さんでいたいよね』と言ってくれたんです。ほんとにその通りだなと思いました。立派な教育理論を実践するよりも、お母さんが安心して笑っているほうが、子どもにとっても、家族にとってもハッピーな時間になるはず。でも、いつもニコニコなんて無理。だから、悩みを共有したり、自分とは違う接し方にヒントをもらったり、大丈夫だよと励まし合ったり、『それイライラするよねー!』と共感したり(笑)。子どもの個性をそのまま受け止めて、のびのび育てていくためには、お母さん自身の、そのままを受け入れ合い、支え合える場所が必要です。そうやって仲間と繋がっていくことで安心感や楽しさを感じたり、お互いの子の成長を喜んで、『みんなうちの子』になっていくんじゃないかと思うんです。あおぞら♪という場が、子どもたちにとっても、お母さんたちにも、関わってくれる地域の方にとっても『ここは自分の家みたいな居場所だな』と感じてもらえるように育っていけたら、こんなに嬉しいことはありません」

―「こんな子育ての場があったらいいなあ」と思うことはあっても、それを実際に行動にしていくことには、ものすごいエネルギーが必要なこと。それを、陽子さんは、たくさんの仲間と一緒に少しずつ現実のものにされていました。お母さんたちのこんな子育てがしたいという夢も、うまくいかない現実の葛藤も悩みも。「その気持ちも分かる」とお互いを認め合いながら、みんなで一緒に子育ての場をつくっていこう。陽子さんの周りには、そんな温かい空気が満ちていました。

あおぞら♪の情報

取材を終えて

『『藤田陽子さん間取り』の画像』の画像本取材には、6月末に石岡市地域おこし協力隊に着任し移住・定住分野の活動を行う、瀧田暁月さんも同行。以下、瀧田さんの描いたスケッチと感想です。
■家の入り口には「足立牧場」との標識がかけられている。「牛舎の名残で、敢えて残している」のだと言う。中に足を踏み入れると、大空間。未だ葺き替えている途中という屋根や、新たに建てられた部屋の壁が依っている柱など、家の端々に牛舎時代そのままの部材が見られる。かつてここに牛達が並んで過ごしていた様子が、在り在りと想像させられた。
作られた部屋の細部を見ると、蹄鉄でできた取手や太陽光発電の灯り、ご主人の好きな船舶の部品を取り入れた窓といった、新しい生活の工夫が牛舎の名残の上に混じり合っている。
なぜ、わざわざ居住用ではない牛舎という建物を改築しているのか。いずれ観光農場を作りたいのだという目標を聞いて、これ以上にぴったりの建物はないと腑に落ちた。パタパタと足音がして窓の外を見ると、隣の馬小屋の馬達が走り回っている。「本当に欲しいものは、自分たちで作る」とのご本人の言葉が、この家では現在進行形で実現されている最中。自分も何かやらねばと、勇気づけられる思いだった。(石岡市地域おこし協力隊・移住定住担当:瀧田暁月(たきたあき))

 

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