
常陸國總社宮例大祭(石岡のおまつり)で使用される山車人形です。昭和4年に國分町が年番を迎えるにあたり、東京の山車屋「浪花屋」で購入したと伝わります。
「生き人形」風の写実的な人形であり、昭和初期の山車人形製作の現状を検証する上で、貴重な作例です。
東京都心部では、町神輿が明治40年代にはじまり、大正時代に増加します。昭和期になると都心部では山車を曳きまわすことはおろか、人形を新調することさえほとんど見られなくなりました。昭和4年という、江戸東京で山車の巡行が見られなくなり、しかも山車屋そのものが姿を消す年に、最後の山車屋といえる浪花屋で購入された人形であり、貴重な資料です。
また、昭和4年は、同年3月の大火からの復興、そして10月の八間道路(御幸通り)の開通、11月の陸軍大演習での天皇の行幸のあった、石岡の近代の隆盛を象徴すべき記念すべき年でした。その年の祭礼のために、年番の國分町が東京から購入した山車人形であり、記念すべき年の祭礼、そして石岡の近代の隆盛を伝える人形といえます。
なお、平成16年に人形工房米福で修理で行われています。國分町で作成した詳細な修理の記録が残っていることも大変貴重です。