
常陸國總社宮例大祭(石岡のおまつり)で使用される山車人形です。昭和27年に幸町が山車を新調した際に鹿島神宮付近の所有者より譲渡された、あるいは市内の呉服屋より購入したと伝わります。
頭は、確認された墨書から、大正15年(1926)に二代目大沢舟泉により製作されたことがわかります。二代目大沢舟泉は、その作風・作名から原舟月の流れをくむ職人であり、墨書に記された年齢から、明治初期に三代目原舟月に弟子入りし、明治20~30年代には舟月工房の中心となり山車づくりを担った職人と推測されます。
大正期になると、見世物興行を担う生き人形師が山車人形づくりの主な担い手となります。また、東京都心部では、町神輿が明治40年代にはじまり、大正時代に増加します。昭和期になると都心部では山車を曳きまわすことはおろか、人形を新調することさえほとんど見られなくなりました。
本人形は、生き人形系の頭が主流になり、江戸東京の伝統的な山車人形師の技が途切れたと思われる関東大震災以降、舟月の技を伝える最後の山車人形として、貴重な資料です。