
旧高浜小学校の校名を記した書跡で、令和5年度の閉校まで同校で引き継がれてきました。
旧高浜小学校は明治6年の学制発布により設置され、初代校長に小野古風が就任しています。小野古風は近世高浜村を領地した旗本小野家の人物で、扁額の作者である山岡鉄舟はその異母弟のため、その血縁から作成されたものと思われます。
山岡鉄舟は勝海舟、高橋泥舟と並び幕末の三舟と称され、江戸城開城に活躍し、静岡藩大参事、茨城県参事、伊万里県県令等の要職を務めるなど近世から近代にかけての重要人物です。上述の兄弟関係から高浜地区を度々訪れており、本資料以外に高浜神社扁額も山岡鉄舟によるものとして知られています。
本資料は署名部分が「山岡鉄太郎書」のみであり位階が書かれていないことから、作者の山岡鉄舟が正四位に叙せられた明治15年以前の作とみられ、高浜小学校の設置時期と同時、あるいは期間を置かずに作成されたものと思われます。扁額の存在は大正期に著された高浜町郷土誌にすでに記載され、石岡市史においても紹介されるなど、当市の教育史を象徴するものです。