「八郷が八郷であるために 八郷留学代表 原部直輝さん」
石岡市地域おこし協力隊の小原百惠です!
日が沈むのが早くなり、冬の訪れを感じる 11 月。今回は八郷留学代表・原部直輝さんにインタビューしました。実は私も八郷留学の活動に参加させていただいていて、原部さんは八郷のキーパーソンと言っても過言ではない人物。そんな原部さんに八郷への想いを語っていただきました。
八郷留学とは、自然豊かな茨城県石岡市八郷(やさと)地区で行われる小学生対象の自然体験プログラム。コンセプトは「暮らしも遊びも物語も作るのは全部きみだ」春は山菜採り、夏は流しそうめん、秋は稲刈り、冬は餅つきなど、里山の自然と農的暮らしを楽し
みます。畑から野菜を収穫し、自分たちで食事を作り、山で遊んで、みんなでお泊り。
ここに参加すると、みんな八郷のファンになってしまいます!
▲2021 年 5 月の八郷留学。田植えの様子。
原部直輝さん(29)は八郷で生まれ育ち、高校生までの地元生活では、田舎には何にもないと思っていたそう。そうして“なんでもある”都会の大学へと進学。しかし就職した会社が合わず、2020年 7 月に八郷へと仕方なく帰宅。
「都会に憧れて出たのに、夢半ばで帰ってきてしまった敗北感や絶望がありました。」
東京への絶望?からの八郷への U ターン、そして八郷留学...?
八郷へ帰ってきてから 3 年半、八郷留学を通して地域の課題解決に尽力している原部さんにお話を伺いました
八郷も悪くないんだよ
ーーー八郷留学を始めたきっかけはなんですか?
東京から地元の八郷に帰ってきてすぐ、八郷出身で同大学を出ていた市役所の職員さんに八郷を案内してもらいました。その職員さんは自分と同じ境遇だったからか、都会に憧れて出たのに夢半ばで帰ってきてしまった敗北感や絶望への理解があったんです。その職員さんに「八郷も悪くないんだよ?」と言われました。
ーーー同じ境遇の方がいたんですね。そして「八郷も悪くない」...?
その方の紹介で出会った人は、思想センスがある人、主体的に生きている人ばかりで。八郷って“センスある都会の人が移住するようなポテンシャルある場所”だと、そのとき初めて気がついたんです。
魅力ある地元を自慢したい気持ちが芽生え、さらにはポテンシャルがあるのに知られてないなんてもったいない!とさえ思うようになりました。
少し話が逸れますが、今となっては、それは傲慢な考えだったと気づきました。当時の自分は、八郷のことをまだ十分に知ろうとしていなかったと思います。よく「石岡市は発信が下手だ」と言われますが、情報が届かないのは、受け手側にも問題があると思います。市報、石岡市公式 LINE、各種 SNS など、石岡市も結構頑張っています!好きな芸能人のインスタライブを見逃すまいと躍起になるくらい、地元の情報にキャッチアップしようとしてもいいはずです。それをろくに知りもしないで、ポテンシャルがどうのとか、もったいないなどと言うのは、筋違いだと思います。ポテンシャルが生かされているかどうかを本当に判断するには、もっともっと地元を知ってからじゃないといけないですね。
▲八郷へ U ターンしたての頃に使用していた手帳。八郷で林業をやっている方と話した後に考えたこと
ーーー確かに八郷で出会う人は“生きている!”って感じがします。東京のようにモノが揃っているわけではないけれど、八郷に“すでにあるもので生み出す力”を持った人が集まっているんですね。東京から八郷へ U ターンで帰ってきて、八郷はどう見えましたか?
久しぶりに八郷を見てみると、人口減少による担い手不足からか、子どものころ見ていた景色が変わっているのに気がつきました。
また八郷に住んでいる人達に話を聞くと、 意外と子育てがのびのび出来ていないことを知ったんです。自然の中での遊び方を知らない、山は誰かの私有地で勝手に入れない、車が怖くて 1 人で歩かせられない...。地元の人さえ思っているなら、都会から移住してきた人ならなおさら困っているはずだと思いました。そして、自然教育のプログラムという形を取れば、放置林や耕作放棄地、空き家などをうまく活用して “八郷を八郷であり続けさせ” ながら、外の社会には教育という価値を提供できると思ったんです。
ーーー私は八郷のように山に囲まれている地域出身じゃないので、八郷に来てはじめて、山での遊び方を知りました。八郷留学では山での遊び方や八郷の良さを、子どもたちに教えながら、地域課題の解決も同時に行っているんですね!
自分が八郷に留学している、くらいのスタンスがちょうどいい
八郷へ帰ってきてわずか1か月後の 2020 年 8 月、第一回八郷留学を開催しました。プログラム企画も、当日のスタッフの手配も、ホームページ作成も、すべて初めての経験だったそう。がむしゃらに進んできた八郷留学の成長の過程を伺いました。
ーーー“初めて”には不安が付き物だと思いますが、八郷留学を始めたときの気持ちはいかがでしたか?
ほんと、最初はプログラム内容を遂行することに精一杯で、子どもとのかかわり方にまで意識が向きませんでした。さらに仕事との向き合い方という点でも、これに人生かけていいのだろうかという迷い、自信のなさがずっとありました。まずは子どもを預かるにはプロの力を借りるべきだと感じ、1 年くらい経った頃、スタッフに保育士を募集したんです。また運営面での改良を行い、保護者との連絡を LINE にし、申込フォームに子どもの性格を記入してもらうことにしました。すると嬉しい感想を聞くことが増え、子どものリピート率も 20%から 50%になったんです。そのあたりから 「やっていることは意義のあることなんだ!」 と思えるようになりました。
ーーーリピート率の増加が、八郷留学の成長を物語っていますね!この夏で 4 年目を迎えた八郷留学ですが、はじめたころと比べて心境の変化はありますか?
回数を重ねていくほど子ども 1 人 1 人と向き合えるようになり、今では子どもの成長も感じられるようになりました。八郷大好き!大学生になったら八郷でバイトしたい!と言ってくれる子や、お迎えの時に「帰りたくない」と言って泣いている子もいるんです。
また保護者との距離も近くなり、送り迎えついでに八郷を観光したことや、移住を考えているお話も聞きます。迎えに来た保護者が、子供の成長に涙していたときは、自分も泣きそうになりました。もうとっくに地図から消えてしまった “八郷” という言葉が地域外の子どもたちの口から自然と出てくるって、すごいことですよね。
ーーー2005 年の 10 月 1 日、旧八郷町は旧石岡市と合併して、今の石岡市になりました。地図にはない八郷の文字も、日常会話では今でも当たり前のように使われています。
▲八郷留学でお正月飾り作りのプログラム中、門松の作り方を子どもたちに教える原部さん
八郷留学の土台となる里山暮らし。畑や田んぼ、栗の木の剪定など、はじめての作業は自分で調べたり、ご近所さんとの付き合いから学んでいるといいます。
ーーープログラムまでの入念な準備があるから、当日を楽しむことができる。そんな時間を経て、八郷留学当日をどんな気持ちで迎えていますか?
毎回、自分が留学しているようです。
僕の家は農家でもなければ山持ちでもなかったので、八郷留学のプログラムでやるような暮らしは、実は私はネイティブではないんです。全部自分が初めてのことをやって、一週間後には子どもたちと一緒に作業している。それでいいのか?と思われてしまうかもしれないけど、専門的な技術を教えたいわけではなく、あくまでプログラムの内容を通して、子どもたちの心がどう成長するかが重要なんです。
ーーープログラムの準備を通して、原部さん自身も学んでいるんですね。
私もそうだったのですが、特に新社会人なんかだと、 “今まで学んだことを活かして...” “これまでの経験から...” と考えてしまいがちですが、20 代そこそこで「今まで学んだこと」なんて言っても、たかが知れてるんですよね。かえって、自分にとって新しいものこそ面白いし、学ぶことをやめた大人ほどかっこ悪いものはないと思います。だから、自分も常に新しいことに挑戦して試行錯誤する姿を子どもたちに見せたいと思っています。
▲友人に言われた言葉
現在は毎月 2 回、季節に合わせたプログラムが行われています。
ありがたい、と思えるから
八郷留学、そして八郷への熱い想いが伝わっていき、誰かが八郷で新しいことを始めようと思った時の相談役になることも多い原部さん。移住者希望も多く、盛り上がってきている八郷ですが、そんな八郷のこれからに、どんな想いがあるのでしょうか。
ーーー「八郷で新しく事業を始めたい!」と相談しに来た人に対して、どのような活動を期待していますか?
八郷の魅力は里山の自然。その風土に惹かれて八郷が好きになった、他の地域から八郷へ移住したい、古民家を DIY して事業を始めたいなど、八郷で活動したい人によく出会います。東京から帰ってきて、田舎暮らしを自分でするようになって初めて、畑や田んぼなどの草刈りや仕事の大変さを身にしみて感じました。だからこそ、八郷の風景は先人たちによって守られてきたこと、そして何もしなければ、八郷の風景は変わってしまうと気が付きました。
ーーー農作業や暮らしのための仕事って、暑い日、寒い日は関係ないですよね。草が生えてくる時期になると、草が生い茂る前にと、朝早くから草刈りしている姿を見かけます。そうやって、八郷の風景が維持されているんですね。
八郷の誇りである自然を、どんな風に守ってきたのか。地元の人の土地への想いや歴史も好きになれるかが大事で、表層の部分の八郷だけ見ていると、好きだと思っていた部分がいつか壊れていってしまうかもしれないと思うんです。何をするにせよ、八郷のシビックプライドである “里山の自然” をいい方向に伸ばすことが、活動するときの必要条件だと思います。
ーーー私も最初の移住きっかけは、単純に「八郷好き!」でしたが、今では酸いも甘いも含めて好き、というか。移住者だからこそ、地元の方の想いを知ろうとしなければいけないな、と思います。
▲八郷のシビックプライドとは何か?
ーーー日本の里山 100 選にも選ばれている八郷。そんな自然豊かな八郷で田舎暮らしをしたいと思う人は多いですが、そもそも “里山” や “田舎暮らし” をどう捉えていますか?
里山って、人間活動と動植物の間のグラデーション機能をもっているんです。例えば、里山がなくて、山とビルが隣接していたら、イノシシは山を下りてすぐに人間を襲うようになるかもしれません。でも里山という境界があるから、人も動物も程よい距離を保ちながら共存することができる。里山があることで、人も自然も守ることができているんです。山と暮らしは繋がっているから、この里山がもつグラデーション機能はあり続けないといけません。そして里山の自然を守るためには、自然を活用していくことが一番の方法だと思います。
ーーー自然を暮らしの中で活用することが自然をケアすることにもなり、その結果、また暮らしに良い影響が返ってくるというのが、里山暮らしなんですね。
そして、里山風景を繋いできたのは農的暮らしです。畑作業を例にしてみると、草取りを怠って、自由に草を生やしてしまうと、その後の手入れが大変になってしまうんです。だから草の手入れをする面積を減らすために、食べきれないとわかっていても野菜を作った、というか作らざるを得なかったのかもしれません。でも、その食べきれない野菜は、ご近所さんと物々交換したり、お客さんに
あげることができる。しかも大量に野菜を作るからこそ保存食文化が生まれ、漬物や乾物にして食糧の貯蔵もしてきました。畑作業ひとつとっても、色んな意味や歴史的背景があるんです。
ーーー農家として出荷しているわけではなさそうな、あくまで家庭菜園の範囲で、なんであんなに野菜を大量に作るんだろう?と思っていましたが、なるべく畑をめいっぱい使わないと、数年後の畑が草だらけになってしまうということだったんですね!
作る苦労を知っているから、人やモノに優しくできると思うんです。例えば、畑を耕す大変さを知っているから、うなったところを歩かないようにするとか、料理をする大変さがわかるから、作った人や食材への感謝ができるとか。田舎暮らしをすると、“ありがたいことをありがたいと思える感覚”が増えていくし、今ある幸せに気づけるようになるんです。
里山暮らしの反対側は、山の遠くでビルに囲まれた場所、お金でモノを買うことでしか成り立たない暮らし。そこに暮らしている人は、実は “暮らし” をしていないかもしれない。
自分たちに必要なものは、誰かから買うことしかできない、そして生きるのに必要な食べ物を自分で生みだすことはできない。
料理を作っているようで、作っている気になっている。人々が憧れるような良い暮らしをしているようで、暮らさせられている。そして、生きているようで、生きているつもりになっているだけなのかもしれない。
そう考えると、里山暮らしは、自分の生活がいかに自然の恩恵を受けているかを自覚し、“無自覚な消費者”から“作り手”へと変わっていくことだと言えるでしょうか。
「八郷に帰ってきて、確かに自分の周りを流れる時間は東京のそれよりもゆっくりになったと思いますが、自分自身は東京にいた時よりもよっぽど忙しくて、やることが無限にあります。そんな中でも、前より幸せを感じる瞬間は圧倒的に多く、より小さいことに気づくようになったので、幸せのハードルは下がりました。新しいことをするって大変なことも多いですが、八郷留学を始めて人生が楽しくなったのは間違いないですね。」
さいごに
ーーー移住相談を頻繁に受けるそうですが、移住にあたって注意すべきことはありますか?
やはり近所付き合いと草刈りは必須です。一昔前は、地方移住と言ったら、定年後ののんびりした、誰にも干渉されない、自由気ままな暮らしを求めるものが多かったように思います。しかし近年は、移住先で何か新しいことを始めたり、より本物志向の田舎暮らしを望む移住希望者が増えてきていると感じます。単に自分のためではなく、世の中のために移住しようという人が増えているのはいいこと。
しかしそうするためには、地元の人からの理解と応援はなくてはならないですよね。移住先の区長班長への節目の挨拶、隣近所との綿密なコミュニケーション、自分が何をしているかという自己開示などを鬱陶しいと思わず、しっかりやっていけば、「何やってんだかわかんない」という印象が、応援に変わるはずだと思います。
取材を終えて
私は八郷に移住してから暮らすこと、生きることが毎日楽しくなりましたが、なぜ楽しくなったのかを、原部さんに言語化していただいたように感じます。
現在子育て中の原部さん。1 歳 1 か月の息子さんは、すでにみかんの皮を自分で剥けるそうです。“自分で自分のことをやるのが楽しい” ということに気づけるかどうかで、どう生きていくかが決まっていくような気がしました。
八郷留学の今後が楽しみです!ありがとうございました!
インタビュー日:2023.11.15
取材/執筆/編集:石岡市地域おこし協力隊 小原 百惠